放電加工補遺物語

− 放電加工技術の普及発展に貢献した人たち[2](2/2) −
 私も放電加工技能検定の中央委員を3期ほどやり、赤坂の協会で一緒に技能検定用の問題作りに加わった。 井野さんは刈谷からほとんど日帰り往復なので、近辺の飲み屋で旧交を暖められたのは1回だけだった。 なお、この委員会でも昼食時などの話題の中心は、すっかりリーダーシップが備わった放電精密の二村社長であった。
 そのさらに後年、井野さんはタイのバンコクにあるデンソー系列の金型製造会社の社長となって赴任された。 そんなことで、私らがソディック・タイ工場を訪れたときの帰路に訪ねて行った。 氏の会社はデンソー・タイ工場の敷地内にあり、タイで精密金型を自給しようということで丹念に精度検査されている様子を見聞きさせていただいた。
 バンコクでの一夕を食事しながら歓談したが、タイでの金型づくりの技能向上に尽力されている。 外国に骨をうずめる覚悟は、なかなか出来そうで出来ない話である。 金型づくりをライフワークとした氏らしい生き方をされているのではなかろうかと思う。
 ともあれタイで再会して、氏のご活躍ぶりを見聞させていただいたのは幸いだった。 今は別の会社に移られて厚遇を受け益々ご発展と聞いた。若い頃からの努力の成果に他ならない。

 話し戻って、一期目の経験から、スクーリングに60人からの受講生が居ては、 きめの細かい対応は難しいとなり、定員を20人くらいにして、質疑応答も一人1質問ぐらいの時間は採ろうということになった。 一人一人に放電加工の考え方の何かは得て帰って欲しいのである。 そうでなければスクーリングの意味がない。
 この質疑応答の内容は、協会の内田さん(日刊工業新聞からジャパックスを経て未踏)が速記をとり、 加筆訂正されてまとめられ、後に"放電加工技術百問百答"として、3冊目まで発行された。 当時の放電加工技術に関する質問に関してはこの3冊にほとんど網羅されているのではないかと思う。
 放電加工に限ったことではないが、"百聞は一見に如かず"ということがある。 例えば、"放電加工の電流密度をある基準値以上にすると、異常放電の危険があります"と言うのを実際の機械でやってみせれば、 はるかに強く印象に残る。受講生からの希望もあって、実習の機会も持つ企画ができた。 場所と設備が要る。そのため昭和50年に未踏加工技術協会研修所なるものができた。 未踏加工技術センターの前身である。

 実習指導は主として二村部会長が中心で当たったが、研修所の責任者は長谷川博さんだったと思う。 最初の場所が、神奈川県大和市の(株)明輝製作所の敷地内と言うのだから、 距離的にはかなり離れていた。ご好意により建物も含めて借用したのである。
 2年ほどで東急田園都市線の宮前平駅付近に移転し、さらに東京都世田谷区瀬田の元ジャパックスPMセンターへと移転するが、 徐々に株式会社として独立する方向に進んでいった。発展するに伴い経済的基盤を持たないと、 建物や設備の維持更新がままならない。 そんなことから放電加工業にウエイトを高める方向に展開していった。
 と言っても、研修所としての使命も残されており、ユーザのオペレータなども受入養成した。 そんなわけで、未踏加工技術センターで放電加工実技を学んだ人も多い。 責任者は苦労されたと思うが、その代表的な人が前述の長谷川博さんで、 温厚な人柄の薫陶を受けた人も多かったと思う。
 長谷川さんは、現未踏科学技術協会の栗野さん(当時事務局長現理事長)とともに、長い間、 東京都の放電加工の技術検定委員を委嘱されて居られた。 私も頼まれて一期だけお手伝いしたことがあるが、東京都の場合は、まさにボランティア活動であった。 企業内設備を利用してやるので、すべて休日である。隔週5日制のときの日曜出勤は若干つらいものがあった。

 未踏加工の栗野さんや長谷川さんがそこまでやるにはそれなりの理由がある。 未踏の通信講座の合格認定状は岡崎嘉平太さんが自らお渡しする。 それなりに立派なものだが、国家検定のような公的権威はない。 放電加工技術を労働省の技能検定職種に加えてもらうように活動したのが栗野さんを中心とした人達であった。
 未踏加工技術協会は、中立の社団法人を建前にはしていたが、当時はやっぱりメーカ色が拭えない。 その過程ではいろいろとあったようだが、私はその頃違う立場に居て詳しいことは知らない。 ともあれ放電精密の二村さんが中心で実技問題づくりをやったり、 当時の検定会場の一つが未踏加工技術センターになったのだから関わりは深い。 そんな流れから、お二人の技能検定委員が延々と続いたようで、 放電加工の技能教育のために大変ご苦労なされた。

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