放電加工補遺物語

− 自動車産業と放電加工[3](2/2) −
 車の台数の伸びに比例して鍛造型の数の確保も必要なので、 昼夜2交替で放電加工機を使っていた。 トヨタ式ジャストインタイムで段取り時間が非常に短くできるように電極や治具に工夫がされて、 電極も工作物もワンタッチで装着できる。
 放電の修了ベルが鳴ってから、次の品物の加工開始までわずか数分間で出来、 加工液の出し入れの時間の方がむしろ多いくらいである。 加工液の排出時間、充満時間がよく問題にされた。 フィルターのメンテナンスのロスタイムも問題にされ、フィルターの新機軸が求められた。
 名古屋時代のある時こんなことがあった。 放電加工が不能になったと電話が入って行ってみた。 加工槽の中に滞積した加工宵がすごくて作業台が埋っている。 治具はその上についているので、何とか加工くずに埋らなくでいる。
 作業台を電気的に絶縁してあるタイプの機械であったが、 大量の加工くずで電気的に短絡していた。 電極と工作物が接触しているのと同じ現象である。 小さいスコップで加工くずを取り出したが、バケツで何杯もあった。 荒加工の加工くずは粒子も大きく、液流では簡単に流れ出ないから、 工作物上面にもうずたかく積もる。 それだけでもすくい取って除去すればかなり違うが、 その時間も惜しんで、噴射ノズルで槽内に流しているのが積もりに積もった。

 加工くず粒子が大きく重いので、 マグネットセパレターが効くのではないかと従来のフィルターとシリーズに 併用にしてみた機械もあるが、予期したほどの効果は上がらなかった。 遠心分離器の検討も行ったが、万一の危険性も考慮して社内で不許可になった。 現実問題としてはスコップですくい取るのがベターなのかも知れない。
 そんな状況下での電源の故障が大きな問題となった。 500A電源のジャンボトランジスターの破損事故が数回あり、 その保護抵抗もよく焼損した。これらの充分な対処がなければ、 ジャパックスのものを買うわけにはいかないと、新担当の年輩のTさんはかなり強硬だった。 対応の悪さなどもあり少々感情的にもなっていた。

 余談ながら、このTさんは今どき、車に乗るのが怖いと言う人だから、 少し変人の部類である。 車のような信頼性の高いものでも、いつ故障するかわからないし、 無謀な運転者の車もいるから不安なのだそうである。 飛行機に乗るのが怖いという人は何人知っているが、 車に乗るのが怖いと言う人はさすがに珍しい。
 私の名古屋時代のこと、本社のプライベートショーに来ていただき、 私も名古屋に戻るので我が車に無理やり乗ってもらったことがある。 自宅までお送りできれば、普段迷惑かけている若干の罪滅ぼしになると思った。 追い越しなどすると怖いと言うので、遅い車について東名高速の左車線をトコトコイライラ走った。 可児市だったかのご自宅までお送りしたが時間がかかって二人ともお疲れ様でした。

 この500A電源に使用しているジャンボトランジスターは当時1個30万円くらいするので、 1個飛ぶと当時の軽自動車クラス1台分である。 しかも納入当初からの継続トラブルで、有償はおろかペナルティーまで取られかねない。 何とか抜本的対処をしなければならなかった。
 当時EDM電源の責任者だった現エムテックの毛利さんに相談し、 部品を調達して1日かけて自ら処理に来てもらった。 保護抵抗などの考えられる部品を全交換するなど大工事である。 川崎から知多半島まで車で来て、十数時間かかる工事をやって、 その日に帰路につくという当時ならではの離れ業だった。もうそんな無理はすまい。
それでも、他メーカの機械も使ってみたいと言う現場の機運は止め切れなかった。 10台くらいまでは占有できてもそれ以上は難しいように感じたものである。 日産自動車もトヨタ自動車も愛知製鋼も同一フロアに10台位までと言うのは偶然とも言い切れないものを感じた。
 裏を返せば、他社機に占有されている市場でも、常にチャンスがあると言うことで、 何が起こるかわからない。 10台以上も入るうちにはお付き合いの長さから、親派ができてゆくが、 その反作用でアンチ派もできる。 人事異動などで力のバランスが変化したときに、逆転することもあった。

 愛知製鋼も、しだいにより大きな鍛造型を放電加工するように発展したために、 グラファイト電極を使用することになった。時の流れである。 沢山の加工量をできるだけ能率的に除去しようとしたら、 グラファイトの方がはるかに有利である。 それを機に他メーカの放電加工機を入れることになり、 かくしてトヨタ自動車系会社の最後の砦も失った。

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